多くの国で無痛分娩といえば、その第一選択は「硬膜外鎮痛法」といわれる下半身の痛みだけをとる方法です。完全な無痛を望めばより高濃度の局所麻酔薬が必要となり、広範囲の麻酔効果を得ることだけを考えれば分娩時間の遷延や帝王切開率増加が懸念されます。当院では、『痛みを全くなくすこと』ではなく、『少しは痛みを感じるけれどコントロールできる程度まで鎮痛すること』と『筋肉を弛緩させることで分娩をスムーズにすること』を目的とし、硬膜外麻酔を用いた分娩管理を行っています。
硬膜外麻酔とは
目的とする部位の知覚神経支配領域を麻酔する局所麻酔に分類され、意識は保たれます。お産の痛みを伝える神経は背骨の中に集まります(図1)。硬膜外腔に注入された薬は、その背骨の中の神経をブロックし、産痛を抑えます。
硬膜外鎮痛法とは、背骨のところにある「硬膜外腔」という場所に細くて柔らかい管(直径1mmぐらい)を入れ、管から薬を注入して痛みをとる方法です。
硬膜外鎮痛法は無痛分娩のときのみに用いられる方法ではなく、手術や手術後の痛み止めの目的で日常的に使われている方法でもあります。
硬膜外麻酔の実際
1心拍数、血圧、体内酸素濃度の測定のためモニターをつけます。
2脊椎の間から硬膜外麻酔針を穿刺するため側臥位になります。このときに、両膝をおなかにつけ、おへそをのぞきこむように首を曲げ、出来るだけ背中を丸くします。
3硬膜外麻酔を行う部位に細い針で痛み止めを注射し、次に硬膜外麻酔針を刺入します。動いてしまうと周囲の組織を傷つけてしまう可能性があるため、なるべく動かない様にご協力お願いします。硬膜外腔まで穿刺し、細いカテーテルを挿入し留置します。この際に、下肢などに電気が走ったような感覚があればすぐに担当医にお知らせください。
4カテーテルを固定し、麻酔薬を注入します。麻酔が効いている範囲を調べるため、冷たさを感じる範囲を確認します。触った感じやしびれる感じは残ることがあります。
硬膜外麻酔の禁忌
- 出血が止まりにくい状態
(肝機能障害、血小板数減少など) - 出感染症を起こしやすいと思われる場合
(糖尿病、ステロイドの投与など) - 患者様の緊張が強い場合、協力が得られない場合
- 背骨に変形がある場合、背中の神経に異常がある場合
- その他、担当医が中止が必要と判断した場合
硬膜外麻酔のリスク
1
- 遷延分娩、吸引分娩、鉗子分娩の増加:硬膜外麻酔によって微弱陣痛となり分娩所要時間が長くなり、吸引分娩や鉗子分娩が必要となる可能性があります。それに伴う弛緩出血、産道裂傷の可能性があります。
- 陣痛促進薬の使用:計画分娩のため、あるいは微弱陣痛のため、子宮収縮薬を使います。
- 異常な症状の発見に気づきにくい:硬膜外麻酔によって痛みがなくなった場合、異常の発見が遅れてしまう可能性があります。例えば、非常に稀な常位胎盤早期剝離や子宮破裂が起きると通常激しい腹痛がおきますが、無痛分娩では発見が遅れ、お母さんと赤ちゃんが危険な状態になります。そのため分娩監視装置を常に装着し、助産師と医師がお母さんと赤ちゃんの状態を観察します。
2
- 歩行制限:麻酔中は足が動かしにくくなるため、ベッド上で過ごして頂きます。
- 排尿管理:尿意が弱くなるため、尿道に管を通して尿を出します。
- 異発熱:一時的に体温が上がることがあります。
- 食事制限:麻酔を始めるとお水やお茶は飲めますが、基本的に食事がとれません。
- 極量:局所麻酔薬には「これ以上使用すると局所麻酔中毒を誘発する危険性があり使用してはならない量」が決められています。長時間に及ぶ場合は麻酔を終了します。
3
- 頭痛:硬膜に穴があくと頭痛が起きることがあります。通常自然に改善しますが、強い症状が続く場合は治療を行うことがあります。
- 血圧低下、呼吸抑制:硬膜の奥のくも膜下腔に麻酔薬が入ると血圧が下がったり、呼吸がしづらくなったり、意識がぼんやりしたり、胎児一過性徐脈がおこることがあります。
- 感覚障害、運動障害:非常に稀ですが、神経障害の可能性もあります。
- 硬膜外血腫:穿刺部位に血腫ができた場合は、手術が必要になることがあります。
- 局所麻酔中毒:めまいや耳鳴り、口周囲のしびれがおこることがあります。
- 高位脊髄くも膜下麻酔:硬膜外腔の管が脊髄くも膜下腔に入ると、呼吸障害を起こすため人工呼吸が必要になることがあります。
- カテーテル遺残:硬膜外麻酔のカテーテルの先端が硬膜外腔に遺残した場合、手術が必要になります。
- 投与薬剤のアレルギー:アナフィラキシーショックを起こすことがあります。
私達は、このような合併症が起きないように常に万全の注意を払って管理を行っております。しかし残念ながら、こうした問題は一定の頻度で起きてしまいます。万が一問題が発生した場合にも十分対応できるよう、安全が確保できる準備をしています。